2009-05-20(Wed)

西丹沢:「檜洞丸(4)」



西丹沢:「檜洞丸(4)」  


「桧洞丸」:1601m、丹沢山塊の西丹沢にその位置を占める主峰で、山塊中では蛭ヶ岳 (1,673m)に次ぐ名峰と言われる。
西丹沢特有の深く、雄大で頂上は「大室山」同様、ブナの原生林に覆われているが、今の時期は木々の合間から主稜・蛭ヶ岳から丹沢山、塔の岳、そして富士から南アルプスの連山が辛うじて見渡せる。
又、山頂付近は貴重な山草「バイケイソウ」の群生地であることから、近年、これらを保護する目的で木道が敷かれているらしい。 関係者の努力に感謝したい。

因みにバイケイソウは、5月初旬頃からブナの落ち葉の間から芽を出し始め、茶褐色の枯れ葉から顔をだした色彩は緑濃く、鮮やかである。
高さ1メートルにもなるユリ科の多年草で,中部以北の深山,高山および北海道の湿地によくみられる。初夏には緑白色の臭気のある花を咲かせる。
ところが、高山でヒッソリと枯れ葉から羽芽を出す「バイケイソウ」は毒草なのである。茎が伸びる前の若葉が、山菜として食用にされる「オオバギボウシ」、「ギョウジャニンニク」などと類似するため、ヒトが誤食しやすいという。
新芽も葉も茎も根もすべて有毒で,毒性の強い「アルカロイド」を含み、煮ても湯がいても天ぷらにしても毒は消えないそうで・・、食べてから30分~1時間くらいで下痢や吐き気をもよおし,血管が広がって血圧降下,心拍数の減少,めまい,手足のしびれ,けいれんなどの症状が出て、最悪・重症の場合は意識不明となって死亡することも・・。
 
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山頂付近の木道とバイケ草


下山は相談の結果、道志:神の川方面へ一気に降りることにした。
下山ルートは地形図をみると稜線直下の等高線の間隔がかなり狭く、相当な急斜面であることは想像できる。
先ず、山頂から北西の犬越路方面に下っていく。 
熊笹ノ峰を越え、大コーゲ付近までは比較的なだらかな稜線であり、間もなく「ヤタ沢の尾根」の分岐へ出る。 
東沢の右岸に続いている迫力ある山並み(ツツジ新道の尾根)が間近に迫るが、 しかし、これも見納めである。
我等は、この先、急峻な「ヤタ沢の尾根」を下ることになる。何故なら、このルートは道志方面への最短コースでもあるからだ。 聞くところ、このヤタ尾根は「青が岳山荘」へのボッカ道でもあるらしい。 従って、コース、踏み後もしっかりしているだろう・・、とのことでもある。

のっけから急斜面を勢い良く下る・・、日陰部分の所々に残雪があるが、充分に踏まれてあるので全く安心である。 
途中までは調子よくトントンと下って行くが、次第に脚部が熱を帯び、ガクガクなりそうである。 やはり、下りは油断しないで慎重に下りることで・・、 特に、このような急斜面の下りは要注意なのである。
急降下は更に・・、道志山稜の姫次から続く稜線が間近に見え、袖平ノ頭(ボンテン)、風巻ノ頭がとても美しい、何時か歩いて見たい所である。

間もなく、工事中の林道らしきものに出た・・。
話によれば、昨年から頃(昭和44年)犬越え路の真下に、西丹と道志とを直結するトンネルの掘削が完成したという。 そのトンネルへのルート造成の為に数台のブルが動員され、山を破壊しつつ、「うなり声」を上げているのである。
我等は、その為この先の下山ルートが判らず、右往左往していた。 
その時、地元、「東野」の山好きなオッサン・・、(失礼・・)が我々の様子を伺っていて、事の次第を話すと納得して軽トラで運んでくれたのは、何よりも幸いであった。

西丹沢:「檜洞丸」  終り 


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2009-05-19(Tue)

西丹沢:「檜洞丸(3)」

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西丹沢:「檜洞丸(3)」  

上りは石棚山コースを行く・・、  
ロッジを出て、程なくすると中川川に架かるユラユラ揺れる「赤い吊橋」を渡り、右手に箒沢山荘を見送りながら入山したのが7時30分頃か・・。
石棚山方面の取付点の処に指導標があり「階段九〇二段」とあり、往く手の困難さを物語っているようだ。 
予想通り早速の急勾配の上りである。 
先ずは板小屋沢を右に見ながらグングン上る。 階段状の登りは自分のピッチやペースでなく、階段に合わせて上らなければならないのが苦手な一つでもあるが・・。 体調は、昨夜の深酒・・?の影響も無く、いきなりの急勾配の割には予想よりも調子よく登れている。
それにしても物凄い急登である、高度をグングン稼げる。 時折、振り返ると上部が白の衣に覆われているが、下半身を曝け出している「富士山」が遠慮がちに見えている。

ヨウヨウにして「板小屋の頭」に到着、先ずはザックを下ろして小休止・・。
登り始めの頃、遥かに頭上にあった正面の「権現山」(1124m)の三角錐は、気が付いてみるとほぼ同じ高さに達している。 この地、「板小屋の頭」の標高は1118mであった。
これより先は、今までと比べて緩い登り、下りを繰り返しながらの楽しい尾根歩きである。両側に西丹特有のブナ林を見ながら、露岩混じりの小さなピークをいくつか越えて、ヤブ沢ノ頭に到着。
ここまで来るとブナ林に混じって所々にシロヤシオの大きな木が見え出す。
ブナの巨木もヤシオの大木も、いずれも今は固い蕾でしっかりと冬の寒さをガードしている。 所謂、モノトーンの世界であるが、やがて、春から初夏にかけては新緑と白い花とで華麗に彩られるのであろうが・・・。
ヤブ沢ノ頭のすぐ先が玄倉林道への分岐で、その一投足で石棚の山頂に到着したようである・・、 したようである、というのは石棚山付近の稜線は平坦で、標識が無ければどこが山頂か分からない程なのである。
その標識には、「石棚山:標高1,351m、桧洞丸2.6km、箒沢3.5km」とあった。
時に、10時少々過ぎた頃であった・・。

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時期になるとこんな感じの石棚付近の山様

人の気配は勿論、小鳥の囀りもない深閑の世界である。
先週の日曜日(今日は昭和45年2月15日の日曜日、つまりこの1週間前)に降った雪だろう・・、この頃からホンの御体裁ていどに白い物が現われ出した。
思えば、ここ数日は春を思わせるような陽気で、2月の厳冬期が嘘のようである。 沢には氷らしいものは無く、今までの道中でも雪の姿もない・・、これが冬山かと愚痴をこぼしたくなるような山様なのである。
何故なら、我等はある程度の冬山の感触を期待し、装備もそれなりの雪山の支度で出掛けて来たのであり、今のところ、それらは背中の御荷物になっているのみである。
今後の桧洞の付近も雪山の感触は期待できそうもない・・。
相棒の鈴木氏と愚痴の一つもこぼしながら、再び、桧洞の山頂を目指して出立した。

石棚からは尾根伝いの道を往くことになる。
尾根とはいっても単調ではなく、結構登り下りが激しい。 ブナ林の巨木が続く枯木(実際は枯れてはいない、冬枯れである)の合間の左手にチラホラと「大室山」が見えているのが懐かしい。 この山は僅か2ヶ月前に初めて西丹沢に入って上った最初の山でもある。

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大室山を望む

新山の頭を過ぎ、テシロの頭を下ったところが同角方面の分岐であり、更に進むと西側の西丹沢の最奥部である本棚沢から東沢への分岐が現れる。 
本棚沢のルートはシロヤシオやトウゴクミツバが群生している所でもあり、近年、この道を「ツツジ新道」と称しているようである。
相変わらずの原生ブナ林の最後の急登をやりすごして、ヨウヨウにして桧洞の山頂へ着いた様である。

時に、11時45分であった。 
山頂直下、主稜ルートの線上に「青ヶ岳山荘」がひっそりと在った。 余りの静けさに営業しているかどうかも不明であるが、我等は意に解さず山頂部分で昼の宴を広げた。
それにしても我等の外には、音の気配、動く気配は全く無く、かえって気が引けるようであるが・・。

次回、「檜洞丸」終章へ・・、



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2009-05-18(Mon)

西丹沢・「檜洞丸(2)」

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.西丹沢:「檜洞丸(2)」  


昭和45年(1970年)2月中旬 
我等は未だ冬の厳しさが残る西丹沢の主峰・檜洞丸 (1,601m)を目指した。 僅か2ヶ月前、同地区の「大室山」をやったばかりでもあったが・・。
山としては、1ヶ月半ぶりの山行であり、勇んで家を出たのが14日の夕刻4時頃であった。
途中、例によって相棒の鈴木氏の所に立ち寄り、彼と同行することになっていた。

小田急・新松田駅より18時50分の中川温泉行きのバスに乗り込んだ。 
夜道の中川川沿いは、昨年・・とはいっても2ヶ月前のことであるが、同様に夜の道行きとなったため、景色や風景は何も見えないのが残念であったが・・・。

ところで、「中川川」と川が2字並んでいるが、別に誤りではない。 
当地では「中川温泉」などが知られている通り、中川というのは当地の地域名であり、そこから中川地区を流れる川のことで中川川と称しているのである。

但し、最近の地図を見るとこの川のことを「河内川」と記載されているようである。
このことは昭和53年に三保ダムが完成し「丹沢湖」が出来上がった時点で、西丹沢の白石峠に源を発する中川川や玄倉川、世附川(よづくがわ)が丹沢湖で合わさり、この湖より下流を「河内川」と称しているようである。 

しかし、国土地理院やその他の地図を見ると、丹沢湖上流の中川川も「河内川」と記載されている。 だが、日地出版(昭和54年:1979年版、 日地は後年、ゼンリンに吸収合併されて現存はしない)の登山地図や地元民、渓流釣りなどの河川愛好者は、当時のままの「中川川」と称しているようである。 
或る渓流釣りマニアは『河内川支流の中川川(河内川)へ釣りに行った。地図で見ると、河内川となっているので河内川の本流には違いないのだが、我々釣り人は丹沢湖で合流している玄倉川、世附川と区別して中川川と呼んでいる。』・・、とある。

尚、当時の昭和45年頃は、無論、丹沢湖などは出来ておらず、中川川は源流部からそのまま酒匂川に合流していた。 その旧中川川・新名・河内川は、富士山麓から流れる鮎沢川と山北町谷峨で合流し、「酒匂川」となって足柄平野を潤しながら小田原の太平洋に注いでいる。

さて、山行きの話しである・・、
乗客が数人のみのバスは、ほぼ定刻に終着地の「中川温泉」に着いた。
我等は更に、本日の目的地である「箒沢」へ徒歩で向かった。 月明かりの中とはいえ、舗装道路を懐中電気一本でトボトボ歩くのは余り気持ちのいいものではないが、それでも、3~40分で箒沢へ到着した。
1000年の幾星霜をついやした、部落の名物「箒杉」が夜の天空にくっきりとシルエットを見せていた。

中川の箒杉 
圧倒されるほどの高さと幹の太さがあり枝もまだまだ元気である。 樹齢は県内で最高齢と推定されて、当然、国の天然記念物である。 
この地域は江戸時代、幕府直轄の「御料林」として杉、ヒノキ、ケヤキなどの伐採が禁じられており、緑多い地区であつた。 
昭和47年の丹沢集中豪雨の時は、土砂崩が発生し多くの樹木が流される中、箒杉は残り、土砂崩れを防いだといわれる。 更に、もしこの杉がなければ被害はもつと大きくなったといわれている。 古木の大杉は箒沢の集落をも救ったのである。
ほうき杉の名前の由来は、この先の「宝木沢」からとったともされ、大杉の樹形が箒に似ているところからきたとされ、この地の名前にもなったといわれる。
多くの書物にも紹介され、「巨樹巨木全国674」、「新日本名木100選」、「百木巡礼」、「神の木」などとともに詳しく記されている。

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中川の箒杉

前回、「大室山」山行のとき、何かと世話になった礼をも兼ねて「箒沢ロッジ」へ、今夜の宿を取ることになった。
早速、小屋の「おばあちゃん」に挨拶と先刻の礼を述べた。 おばあちゃんも我々のことを見るなり、直ぐ思い出してくれたのは何よりであった 
すぐ裏手にある中川川の清流を聞きながら、想いもよらない入浴に有り付けたことは幸いであり・・、お蔭で、ビールとお酒が一段とはかどったのは言うまでもない・・。
小屋のおばあちゃんも相変わらず元気な様で、御愛想を振りまきながら、我等登山者の心を和らげてくれる。 今夜あたりは少々暇らしく、炬燵の中で我等としばし談笑の華を咲かせたのであった。
明日のために余り深酒はしないように気を配りながら、それでも布団に潜ったのは11時も過ぎたろうか・・、明日早朝、西丹の雄「桧洞丸」のことを、あれこれと考えながら夢路を辿った。

次回に続く・・、


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2009-05-15(Fri)

西丹沢「檜洞丸(1)」

「山」に関する過去の雑記、メモを整理しながらブログに投稿しております。お茶など出ませんが、同じ趣味、興味のある方は立寄って御覧ください・・。この記事は今から38年も前の記録です、現在とはかなり異なる部分もありますが、比較しながら眺めるのも一興でしょう・・。
尚、彩を添えるため同好諸兄より美的な写真を一部拝借しております。気が咎めましたら「コメント」にてご一報下さい、直ちに削除致します。


西丹沢:「檜洞丸(1)」  

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西丹沢・檜洞丸概念図

「丹沢山塊」は、一般的に中央部の蛭ヶ岳を境に、比較的、交通アクセスが便利で開けている「東丹沢」、そして、ブナ林などが多く広がり、山深い山相で交通アクセスのやや不便な「西丹沢」の二つに区分される。

その西丹沢であるが・・、

こちらは主に、小田急・新松田駅から富士急行バスで西丹沢、箒沢方面行きに乗込むことになる。 山麓ベースには御殿場線の「山北駅」などもあるが、乗継が不便なこともあって、やはり新松田駅がベースになるようである。
西丹沢の山容は東丹沢や表尾根のそれとは異なり、バスで1時間以上も揺られることになり、従って奥深く静かな山歩きが楽しめる。
現在は、途中に「丹沢湖」(三保ダム:ダムは1978・年昭和53年に完成している)があるが、我等が西丹沢に入った当初の頃は未だ完成しておらず計画段階であった。


西丹沢:檜洞丸概略
檜洞丸(ひのきぼらまる、標高1,601m)は「ヒノキボラマル」と読む、その呼び名が珍しく心惹かれた。 山ではなく「丸」というのがいい・・。 尤も、この西丹には「畦ヶ丸」や「大杉丸」(犬越路正面)といった、山でない丸もある。
因みに、檜洞丸の「洞(ほら)」は深い谷に付けられる名前で、「丸」は頂を意味するともいう。これだけで、この山が深い谷と高い頂を有していて、合わせて周囲の状況も想像できてしまう。

檜洞丸は、最近は一般的でないが「青ヶ岳」(あおがたけ)とも称していたらしい。 
この青ヶ岳の名称については、北部道志側はカモシカが多くそれを「アオ」と呼んでいたことから山名を青ヶ岳と呼び、檜洞丸とは南側の箒沢部落側での呼称だそうである。 山頂付近には青ヶ岳山荘という名称の山小屋がある。

丹沢山地で蛭ヶ岳(1,673m)、不動ノ峰(1,614m)、鬼ヶ岩ノ頭(1,608m)に次いで第4の標高を誇る山で、東には臼ヶ岳、それより先には蛭ヶ岳、北西には犬越路、大室山が位置する。
山頂付近は、特有のブナの原生林に包まれ、5月中旬から6月上旬にかけて南面にシロヤシオツツジ、ミツバツツジなどの群落地が観られる。

因みに、「シロヤシオツツジ」は別名五葉ツツジともいい、南面の高山地にブナの林とともに生息するツツジ科ツツジ属の落葉樹である。 時に直径数十cmの大木となり、葉は丸みを帯びて、縁が薄く赤く色づくことがある。枝先に5枚の葉が輪生状に付くことから「ゴヨウツツジ(五葉躑躅)」とも呼ばれ、木の肌は松ノ木に似たうろこ状を成している。
花は5~6月に咲き、白く大柄で大木に一面に咲くのが美しい。
白いので遠くからは余り目立たないが、多数の木が群生している場合には、その下に入って眺めると実に美しい。 特に、丹沢山から丹沢三峰(東峰、中峰、西峰)辺りに群生している。
「愛子内親王」のお印としてシロヤシオの花が用いられているという。


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丹沢名物・「シロヤシオツツジ」


「檜洞丸」は、現在でも山全体に木々が鬱蒼と茂り、昼なお暗いかんじで眺望には恵まれてないが、西丹沢の盟主には違いない。檜洞丸、大室山、加入道山を中心として、神奈川県高体連山岳競技大会全国大会予選や関東大会予選が毎年この山域で行われる。

登山道は、主稜縦走を別として、西丹沢自然教室から登るツツジ新道が一般的であるが、西丹沢県民の森から石棚尾根、あるいはユーシンから大石尾根を登る道もある。
下山ルートは犬越路か箒沢に下りる二つのメインルートがあるが 、春のツツジ(ミツバツツジ、山ツツジ)を楽しむには犬越路がお薦めであろう・・。

次回、檜洞丸登山


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