2011-06-10(Fri)

尾瀬紀行(6)尾瀬 「環境庁発足」

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 尾瀬紀行(6)尾瀬 「環境庁発足」    、



昭和46年の初頭、日本の政治の中で特筆すべき事柄が起こった。 
即ち、政治をつかさどる中心の行政府・内閣の中に「環境庁」と言う新しい部署が設立されて、初代長官に大石武一氏が任命されたことであった。

その後の大石武一環境庁長官の“尾瀬に関する随想”の中から一部を抜粋してみる・・!。

『 就任から3ヶ月を過ぎた7月23日の夜のこと、友人である共同通信の記者が珍しくも見知らぬ青年を伴って尋ねてきた。 青年は尾瀬に在住する「平野長靖」と名乗った。 詳しく聞くまでもなく、平野長英君の御子息であることは直ぐに判った。 長靖君は、現在進行している群馬・新潟・福島三県に跨る観光開発道路の工事を、環境保全、尾瀬の景観を守るべきとして、中止するよう切々と訴えた。 「もし現在進行中のまま放置し、見過ごされたならば、道路は間もなく尾瀬沼の湖畔を通ることになり、それによって無数の自動車が押寄せ、入り込んできて、その結果排ガスで自然の草木は枯れてしまい、サンダルやハイヒールで湿原が踏み荒らされ、大きな自然破壊が起こることは目に見えている。 今の内何とかしなければ、天下の景勝“尾瀬”は死んでしまいます。 先ず、今の仕事をご覧ください、 大木が片っ端から切り倒され、山襞が削り取られのは、私らの身を削られる思いです。 三平峠を越えて尾瀬へ向う人々が先ず憩う、岩清水の木陰はどんなに素晴らしい想いの地であったか、 その地は既に全部伐り取られ、清冷な岩清水の水口は破壊される始末です。 自分としては最早、万策が尽きてしまったので、遂に、大臣にお願いし、期待するしかありません。 どうか尾瀬をご覧になって、そして、尾瀬を救ってください」 私は深い感銘を受けた。 そして、直ちに視察に出かけることを約束したのである。 そして私の観た尾瀬は極めて清楚に護られているということだった。 三平峠を越え、頂上を過ぎた辺りで、例の工事現場に立ったとき私の考えは決まった。 “どんなことがあってもこの工事は中止させる”、 “尾瀬は子々孫々にまで大切に残してゆかなければならない” “そのためには如何なる蛮勇を奮っても構わない” 私はこの道を下りながら、ひそかに長靖君に伝えた。 彼はただ黙って、快く頭を下げた。 東京へ戻ってから、私は直ちに三県の知事の上京を求め、そして、尾瀬を護るための相談をした。 経過中は色々な事が有り、起こったが、結局は三県知事の自発的な合意によって観光道路は根本的に計画の変更が了承され、工事は直ちに中止された。 尾瀬はこれで一応の危機はのがれ、今後は世論の支持を得て、更に積極的な保護の方向に進むことになったのである。 私は各県知事、特に群馬県の神田知事の自然への愛情と好意に深く敬意を表します。 
12月1日(昭和46年・  年)、会議中の私は秘書から一片の紙切れを受け取った。 それには「平野長靖さんが尾瀬の大雪で遭難されました」と記してあった。 「うそだ・・!!」と私は思わず叫んだ。 しかし、それは無念ながら事実であった。 自然保護に尽力した人物として平野氏の遭難を、各新聞は何れも大きく報道した。 自然を愛する全ての人々の嘆きは大きかった。 私の落胆も大きかった。 あれだけ気力に満ちた長靖君は、もう帰らぬ人となってしまった。 僕が数回の邂逅だけで、あとは心の友、思い出の友として大切にする以外、道は無くなったのである。 その後、東京の朝日講堂において友人たちの手による平野長靖君の追悼会が催された。 翌年の7月23日(一年前の昭和47年、平野氏が大石長官宅を初めて尋ねた日)、尾瀬の大江川湿原の入口にある小高い丘に、(通称・やなぎらんの丘と呼ばれている)遺骨を納めたのである。 その午後、私たちは小屋(長蔵小屋)を発って三平峠を越え、山を下りきった地点で、「ここで長靖君は亡くなったのです」と聞いて憮然とした。 ここから一の瀬小屋までは一足のところではないか、折角ここまで頑張って来たのに、何故、もう少し辛抱出来なかったのか、私はやりきれない気持ちになった。 
今年も、尾瀬は相変わらずの姿を見せ、水芭蕉の白い花が咲いていることだろう・・!。 何万人かの人々がその美景を求めて、峠を越えていることだろう。 私は尾瀬が長靖君の願い通りに、永久に清らかで、豊かな自然のままであることを祈るばかりである。 』

次回、尾瀬は「環境保護の原点」



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