2012-02-08(Wed)

大菩薩峠・紀行(15) 「作家・中里介山」

.






大菩薩峠・紀行(15) 「作家・中里介山」 .




大菩薩峠にある山荘・「介山荘」



介山荘内の売店をを通りぬける登山道




大菩薩峠の峰には北から柳沢峠、六本木峠、丸川峠、大菩薩峠、石丸峠と、まさしく峠の峰なのである。

峠には、成る程と頷くほどのモダンで豪奢な山荘が建っていた。 介山荘という。
長編時代小説「大菩薩峠」を書いた「中里介山」に因んで命名であろうが、中里介山と介山荘の縁(えにし)はどうなんであろうか・・?。

通路に面して土産物売り場もあり、商魂たくましく「いらっしゃいませ」などとお客の誘引までしていて、極めて俗っぽい感じがしないでもない。


因みに、長野県の有名な温泉で「白骨温泉」というのがある。
中里介山が「大菩薩峠」の連載執筆を始めて、小説の半ば「他生の巻」の項目で白骨を舞台にした場面、物語が綿々と展開し描かれている。
そのとき、介山が白骨温泉に宿泊したのが老舗の旅館・湯元斎藤旅館であり、それを記念して「介山荘」という宿泊棟を建て、現在も存在している。




介山碑



介山碑文



小生は立ち止まったまま一息入れて、山頂(大菩薩嶺)に向かって直ちに出立した。
直ぐ上の岩場の上に中里介山の小説・大菩薩峠文学記念石碑・「五輪塔」が立っていた。
 
文学碑として五輪塔が建っているのは異例であろうが、山名そのものが仏法に因んだ名前が付けられ、作家・中里介山自身も仏教に深く帰依したともいわれ、自身の小説を大乗小説と自認しているほどであったことを思うと、一応納得であろう。

ぼんやりではあるが碑面には、「名作発想の地 中里介山作 大菩薩峠記念碑」とあり、台石には「上求菩薩下化衆生」と、昭和29年10月23日建立と記されていた。

上求菩薩」とは、悟りを求めて厳しい修行に励むことで、正対して「下化衆生」とは、慈悲を持って他の衆生に救済の手を差し伸べることだそうである。
        

因みに、五輪塔(ごりんとう)は、主に供養塔・墓塔として使われる仏塔のことで、下から方形(四角)=地輪(ちりん)、円形=水輪(すいりん)、三角形(または笠形、屋根形)=火輪(かりん)、半月形=風輪(ふうりん)、宝珠形=空輪(くうりん)によって構成され、古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた五大を象徴するとされている。


中里介山

明治18.4.4 (1885)~昭和19.4.28 (1944)
明治から昭和時代の小説家で、本名は弥之助、介山は号で、神奈川県西多摩郡(現東京都)生まれている。
小学校教員を経て,日露戦争下の明治37(1904)年,反戦詩「乱調激韵」(ランチョウ ゲキイン;日露戦争当時に書かれた出征兵士などを送る時の嘆きの詩、反戦詩)を発表。 
昭和39年、都新聞社に入り大正2(1913)年より、長編時代小説「大菩薩峠」を都新聞、毎日新聞・読売新聞に連載、昭和16(1941)年まで書き継ぐも未完のままに終わる。

この大作は一般に大衆文学の先駆けと評価されるが、彼自身は「大乗小説」(大乗は仏教用語;小事に拘らず、大局のために事を決しようとする観点)と称した。
旅を愛した孤高の作家で、晩年は農本主義(明治期以降の日本において、立国の基礎を農業におくことを主張した思想もしくは運動)に傾いた。
著作集に「中里介山全集」全20巻がある。


介山自身は、反骨魂を持った反戦文学者でもあったといわれる。
太平洋戦争下、多くの若者が「天皇陛下万歳・・!」との言葉を強要されながら、戦場に送り出されたが、そんな出征の壮行風景を観て、彼は「生き葬い(いきとむらい)!」と称した。
まさに言い得て妙である。

尚、東京都羽村市出身の中里介山が執筆した定宿は現在の介山荘ではなく、勝縁荘又は隣家の庵である。
 

次回、 「五百円紙幣




【小生の主な旅のリンク集】

《日本周遊紀行・投稿ブログ》
GoogleBlog(グーグル・ブログ)   FC2ブログ   C・掲示板   FC2 H・P   gooブログ   yahooブログ

《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」   日本周遊紀行「西日本編」   日本周遊紀行 (こちらは別URLです)

【日本の世界遺産紀行】
北海道・知床   白神山地    紀伊山地の霊場と参詣道   安芸の宮島・厳島神社   石見銀山遺跡とその文化的景観

東北紀行2010内陸部    ハワイ旅行2007   沖縄旅行2008   東北紀行2010   北海道道北旅行   北海道旅行2005   南紀旅行2002


【山行記】

《山の紀行・記録集》
「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   南ア・仙丈ヶ岳(1976年)   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   尾瀬紀行(1973年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   奥秩父・金峰山(1972年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」



スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

FC2カウンター
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
旅と登山の検索コーナー
カスタム検索(サイトに合わせた検索結果を表示)
フリーエリア
【関連リンク情報】
最新記事
カテゴリ
プロフィール

orimasa

Author:orimasa
いらっしゃいませ・・!
「日本周遊紀行及び旅の記録」
にようこそお越しくださいました、
心より歓迎申し上げます。
タイトルの如く、主に日本各地を
巡りながらの情報ブログです。
記事はすべて、管理人自身が
独断と好みで調べたものです。
時々、誤認情報が生じる場合も
ございますので
あらかじめご了承下さい。

では、ごゆっくりどうぞ。




神奈川県厚木市
男性
ベテラン年代