2012-02-10(Fri)

大菩薩峠・紀行(17) 「賽の河原」

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大菩薩峠・紀行(17) 「賽の河原」 .



写真:賽の河原と非難小屋



介山記念碑から少々上ったところは、サッパリと稜線が開けたところである。
避難小屋であろうか・・?、目的不明の山小屋が左手にヒッソリと立っている。
丸太で造られた小屋は吹きさらしの中に立っていて、いかにも寂しげであった。


この辺りは「サイの河原」(賽の河原)と称するらしく、小さな石積みが数個見られる。
「サイの河原」とは、一般には死んだ子供が行く所といわれる冥途(めいど)の途中、つまり三途の川の河原のことで、普通、荒涼たる風景が広がっているところである。
ただ、当節は雪で覆われていて面影は覗えない。


賽の河原」について民間信仰の間では、親に先立って死亡した子供が、その親不孝の報いで苦を受ける場とされている。 

そのような子供たちが、賽の河原で自らと親の供養のために積み石(ケルン)による塔を立てて供養すると言う。 

しかし、完成する前に鬼が来て塔を破壊し、再度や再々度塔を築いてもその繰り返しになってしまうという俗信もある。 そのことから「賽の河原」の語は、「報われない努力」、「徒労」の意でも使用されるともいう。
しかし、その子供たちは最終的には「地蔵菩薩」によって救済されるとされる。



小説・「大菩薩峠」で中里介山は、実際この大菩薩峠をイメージして書いたのだろう。

『 どうじゃ与ハ、恐ろしいことではないか。頑是(がんぜ)ない子供がやっと積み上けた小石の塔を、鉄の棒を持った鬼が出て来て、みんな突きくずすのじゃ。なあ、これを他人事(ひとごと)と思ってはいけないぞ、追善作善(ついぜんさぜん:先祖や死者に対する供養)のつとめというをせぬ者には、みんな鬼が出て来るじゃ、何をしてもみな成り立たないで、みんなくずれ出すのじゃ。よいか、他人事と思ってはいけないぞ 』


賽の河原で思い起こすところは、北八ヶ岳の白駒の池から稜線の高見石を経て渋の湯へ至る途中、高見石からの西側斜面が広大な礫石群に覆われていて、この一角を賽の河原の称している。
高見石から渋の湯までの道は岩、岩、岩の道で、炎天下の賽の河原をピョンピョンと下らなければならず、足に痛みが走ったのを昨日のように覚えている。


賽の河原辺りが、実際の「大菩薩峠」があったとされている。 

その上部に「妙見の岩」という岩峰があり、現存しているかどうか定かでないが、妙見社妙見宮、妙見菩薩)と言う社が二社が祀られていたとされる。

一社は小菅村鎮座のもの、もう一社は萩原村(塩山市)が設けて鎮座させたものといわれる。
妙見菩薩は、北極星あるいは北斗七星を神格化した菩薩とされ、民間に広く信仰せれた一つで、国土を擁護し災害を滅除し、人の福寿を増すといわれる。

妙見菩薩は、峠越えで難渋している往来する旅人を見守っていたのかもしれない。


そして、中里介山は小説・「大菩薩峠」の中で・・、

『 妙見の社の縁に腰をかけて話し込んでいるのは老人と若い男です。この両人は別に怪しいものではない、このあたりの山里に住んで、木も伐れば焼畑(やきばた)も作るという人たちであります。 これらの人は、この妙見の社を市場として一種の奇妙なる物々交換を行う。 萩原から米を持って来て、妙見の社へ置いて帰ると、数日を経て小菅(こすげ)から炭を持って来て、そこに置き、さきに置いてあった萩原の米を持って帰る。萩原は甲斐を代表し、小菅は武蔵を代表する。小菅が海を代表して魚塩(ぎょえん)を運ぶことがあっても、萩原はいつでも山のものです。もしもそれらの荷物を置きばなしにして冬を越すことがあっても、なくなる気づかいはない――大菩薩峠は甲斐と武蔵の事実上の国境であります 』

と記している。


次回、「妙見大菩薩



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