2012-03-06(Tue)

大菩薩峠・紀行(32) 「おいらん渕、一の瀬集落」

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 大菩薩峠・紀行(32) 「おいらん渕、一の瀬集落」  .



写真;おいらん淵


一ノ瀬高橋に残されている廃校になった小学校。
中央の時計と左右のスピーカーが現役のようである。



丹波三条から更に3kmほど上流、青梅街道が一の瀬方面に向かう分岐近くの淵に「おいらん渕」というのがある。

戦国時代の黒川千軒といわれたころ、金山の近く女郎郷に金山坑夫慰安の為の遊女を多く置いていた。
ところが武田家が滅亡し、金山経営できなくなって廃山しようとした際、当時数十人もいた遊女たちを金山の秘密が漏れることを防ぐため渕へ沈め たという。 

この際、柳沢川に宴台をつくりその上で演舞をさせ、舞の最中に宴台を吊っていた藤づるを切って宴台もろとも淵に落としたという。 
これが「おいらん渕」の伝説の元になってといわれる。

下流丹波山村にはその遊女の死体を引き上げお堂を建てて村人たちが供養したと伝えられる。
現在、お堂は朽ちて無くなったが、この地を「おいらん屋敷」とも呼んでいて、付近に供養塔も立つ。


おいらん淵」の近く、丹波川が一之瀬川に変わる林道に沿って登ってゆくと、白樺林が美しい一の瀬高原に出る。
(多摩川の上流の一之瀬川合流地点から約7km下流の奥多摩湖までを丹波川といい、奥多摩湖から下流は多摩川となる。 「丹波(たば)」が「多摩(たま)」の語源であるとの説もある。)



一の瀬高原(標高1100~1300m)は一之瀬、二之瀬、三之瀬の集落があり、北には雁坂嶺、笠取山、唐松尾山、飛龍山、から雲取山に至る標高2000m前後の山並みがそびえている。
無論、この集落は多摩川流域の最深部に位置している

この地区は多摩川の源流部であるが、実際の源流は山梨と埼玉の県境にある標高1,953mの笠取山の山頂直下南側にある水干(みずひ)と呼ばれる場所で、ここから最初の東京都民を潤す、1滴の水がしたたり落ちるのである。


集落は静かな里山の風景に溶け込んだように形成されていて、茅葺屋根の素朴な古い民家や黒川金鶏寺という古寺が点在している。 
お堂の屋根には武田菱の家紋が設えてある。


家々は、時が止まったような昔のままの姿で、古き日本のふるさとをテーマとした映画のセットのような感じだ。
そう、ここは武田信玄の隠し金山「黒川金山」の黒川金山衆の末裔の地と言われている。
金山が閉山になった後、関係者は、全国に散っていったが、一部の人たちがこの地に住み着いて、農業や林業などをしながら暮らしていたらしい。
これが、一之瀬集落の起源ということなので、現在住んでいる人たちの祖先は、金山で働いていた人だったのかもしれない。


周回道路の犬切峠を越えて南に下ると一ノ瀬高橋字三角地区、高橋部落があり、山中に放光山高橋寺黒川鶏冠神社の里宮などがある。

黒川の山頂にある小祠・鶏冠神社の奥宮は、黒川鶏冠山の頂上にあったことは先に記したが、黒川金山の守護神である鉱山の神・金山彦命という祭神をを祀ってある。
御神体は、山名にもなっている鶏(ニワトリ)大権現とも伝えられる。


一ノ瀬集落は、昭和初期は100世帯ほどあったとされるが、現在は29世帯に49人が在住されている。 その中で高齢者が半数を超え、学童は一人もいないという。

一之瀬高橋に伝えられている華やかな「春駒踊り」は金山衆の末裔の集落である証でもある。


現在、冬場はほとんど人は住んでなく、一つだけあった分校も今は廃校になっているとのこと。 
ただ夏は民宿やキャンプ場がオープンし、結構賑わうらしい。

尚、周辺に数件ある民宿は家庭的なもてなしと、野菜の煮物や手打ちそばなど、おふくろの味が魅力だという。
多摩川源流・水干への登山は、一の瀬からだと片道2時間以上は必要であろうか。


次回、「学校沢



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