2009-04-10(Fri)

相模の屋根 「丹沢物語」(3)

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相模の屋根:「丹沢物語」(3)

「丹沢を歩く・・、」

さて、丹沢山塊の登山のことであるが・・。
百名山で有名な深田久弥氏によれば、「丹沢山」は100名山のうち71番目に選ばれている。
その中で深田氏は「・・私が百名山の1つに丹沢山(丹沢山というのは山塊中の一峰である)を選んだのは、個々の峰でなく、全体としての立派さからである。丹沢山塊という名称は、多分、高頭式の『日本山岳史』(日本山岳会創設とほぼ同じ1906(明治39)年に、第二代会長=高頭式によって、日本の山を初めて網羅した『日本山嶽志』が上著された。)から始まったのだと思うが、ただ表尾根を歩くだけでなく、その奥深く入れば、山の規模は大きく複雑で、容易にその全容はつかめない。・・・」としてある・・。

氏は、“丹沢山というのは山塊中の一峰である”としている。 
一峰の丹沢山・標高は1567mで、山塊中の峰々の標高では確かでないが5~6番目に相当するはずであり、主峰はその奥に控える「蛭ヶ岳」(1673m)である。
しかし、登山者、ハイカーの数や人気においては断然、表尾根の「塔ノ岳」(1491m)であろう。 
氏は、塔ノ岳では役不足、蛭ヶ岳では人気に今一ということで、敢えて「丹沢山」として百名山を選ばざるをえなかったのであろう・・?。

丹沢は首都圏に近く、東京・新宿から小田急線に乗れば凡そ1時間で、その雄大な山麓に達する。先ず、本厚木駅からは東丹沢の仏果山系(、鳶尾山・・、伊勢原駅からは霊峰・大山・・、秦野、渋沢駅からは表尾根、主脈である塔ノ岳、丹沢山、主峰・蛭ヶ岳、そして新松田駅からは西山沢の各峰へ到る事が出来る。

小生が始めて丹沢山塊へ足を踏み入れたのは昭和40年初頭の頃で、未だ20代の頃であった。 田舎(いわき市)から東京へ転勤になって間もなくの頃で、「東京はコンクリート・ジャングルで住むには余り歓迎しない所だな・・!、」と愚痴をこぼしたところ、職場の同僚が丹沢大山へ案内してくれた。実はこの事がきっかけで小生の”山歩き“が始まったのであるが・・・。

ケーブルを降りて豪華な社殿に参拝し、意気揚々と登っていたはいいが、余りの急な登りで息をゼイゼイ弾ませながら、やっと頂上へ着いた。頂上での記憶は無いが、下りに際して何故か本道・山道にはぐれてしまい、獣道(けものみち)と思しき道をひたすら下ると沢筋へ出てしまい、沢を四苦八苦しながら下ってゆくとどうやら林道らしきものに出た。更に、道なりに行くと、ようやく日向というところに到達したのであった。初めてにして、とんだ山歩きであったのを今でも鮮明に覚えているのである・・。

大山への一般的なコースとしは、ケーブルを乗り継ぎ下社(下宮)と呼ばれる立派な社殿に御参りした後、左手分社が控える登山口の急な階段から始まる。
道程のはハイキングコースとしては些か急な登りを辿ることになり、道中には昔の参道の名残で、下社を1丁目、頂上を28丁目とする石の標識があり、歩いた目安がわかって励みになる。
下山は見晴台から二重神社(二重の滝)を経て下社に到る。ゆっくり歩いても3時間ぐらいであろうか・・?。 又、体調、気分など登山としてのトレーニングコースとしては、山麓(ケーブル追分駅)から歩く場合もあり、男坂、女坂の2つの登山道がある。
追分から右に男坂、左に女坂の分岐点があり、名のとおり女坂は緩やかであるが、男坂は切り立つ様な石段で物凄い試練が待ち受けている、途中に大山不動尊の古刹寺院もある。

その他にも大山への登山ルートは幾筋か付いていて、いずれにしても比較的手軽に登れるため人気があり、山頂からの眺望も良い。特に、山頂社殿の裏側は、富士山や丹沢主稜の迫力ある展望が楽しめる、だが、大半の登山者は気がつないで降りてしまうようだが・・・。 登山口である表参道には多くの宿坊や土産物屋が軒を連ねて、これらも下山の際の楽しみの一つであろう・・。

大山の北東に位置する三峰山(みつみねやま)も良い、その名のとおり三つの峰が南北に波打っている。この山並みが我が家から望むとき、大山の端正な姿を半ば隠しているのだが・・。最標高935mの山で北峰、中峰、南峰から成り、丹沢山北東の丹沢三峰と区別するために大山三峰山(おおやまみつみねやま)と呼ばれる。
標高は1000mに満たなく丹沢山地ではやや低い山であるが、稜線では地形が急峻で痩せた尾根が連続し、ハシゴやクサリ場などが多く,チョットしたアルペン気分で登山を楽しめる。 しかし、この急峻な地形から毎年のように滑落事故も起きているという。
コースとしては、厚木・飯山温泉の奥、広沢寺温泉辺りがベースになる。林道を山ノ神トンネルから不動尻まで向かう、この道が意外と長いのである。ここから30~40分の登りで尾根筋へ達し、間もなくヤセ尾根、鎖場に梯子と変化に富んだ楽しい尾根歩きである。大山が競り上がってきて、その堂々たる姿がまじかに見てとれる。下りはこのまま煤が谷の部落へ・・。

又、東丹沢は本厚木をベースにした仏果山系や家族向きの鳶尾山系(厚木周辺には同じようなハイキンググコースが数種ある)・・、ただ近年、仏果山系北部、宮が瀬地区はすっかり様変わりしてしまったが・・。


序ながらその辺の事情について記しておこう。 
昨今、この宮が瀬地区に大きなダムが完成した、「宮が瀬湖」(宮が瀬ダム)といい、2001年4月から本格運用が開始されている。
中津川の上流愛川地区に「宮が瀬湖」がある。

この湖の東端、宮ヶ瀬堰堤・ダムが位置するダムサイトエリア下流の石小屋ダム付近は、かつて名勝・「中津渓谷」があった地域である。
深い緑と鮮やかな紅葉でハイキングコースとして人気があり、小生なども何度も訪れた地で首都圏でも絶大な人気があった。 コースのスタート地点には、堅牢な石造りでメガネ状の名物・石小屋橋が在り、現在はその名残を残しつつも宮ヶ瀬ダム建設に伴って取り壊された。
かっては、この石小屋橋から先が中津渓谷の見所、核心部であった。 日中でもあまり陽が指す事が無いほどV状に研ぎすまされ、深い峡谷の景観は我々を圧倒した・・。
ユックリ散策しながらも概ね1時間、薄暗い谷間を通り抜けるとそこには信じられないぐらいの明るい集落が広がっている、この地が宮が瀬で正に桃源郷の様相であった。

宮ヶ瀬ダム建設に伴って中津渓谷の終着である「落合地区」や南部の「馬場地区」など、多くの人々が移転を余儀なくされた。 
水没地の面積は45平方キロメートル、移転戸数は281戸に及び、新規造成団地「宮の里」に移住している。
これらの人々が、フト・・!我に返り、かって住み慣れた桃源郷の「湖底の故郷」を思う起こす時、どんな気持ちになるのだろう・・。 きっと胸が締め付けられるような思いにかられるに違いない・・。 

宮ヶ瀬ダム湖周辺は、現在は一大観光地となっていて、広大なピクニック広場、水の郷大吊り橋、ビジターセンター、交流館、カヌー場などがあって賑やかなところである。 又、宮ヶ瀬湖には例年のイベントがある、クリスマスの時期に美しく光輝くジャンボクリスマスツリーが名物となって、大人から子供までメルヘンの世界に招待してくれる。

次回は、「表丹沢」


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