2010-06-06(Sun)

金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(6)

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金峰山の奇跡; ;第一部:登行編(6) 



次に、奥秩父の山の先駆者である「小暮理太郎と田部重治」について・・、


先ず、『小暮理太郎』(1873年~1944年)は、日本山岳史上「秩父時代」と云われる一時代を築き、“奥秩父”という名の名付け親でもある。 
大正から昭和にかけて奥秩父の山と渓谷を踏破し、さらに風土誌的に見聞を広めた実用作家として知られ、登山地図など未だ作成されていない探検時代、日本アルプスや秩父山地に入り、これらの山々の魅力を世に紹介している。 
彼は単に山に登るだけでなく、山岳展望や登山史の研究、地名の考証にも大きな熱意を示し、人文的な「山岳研究」というべき分野を開拓したパイオニアの一人でもある。


明治末期から大正にかけて、東京市内から通いつめて纏めた「望岳都東京」は、東京から見える山々を初めて詳しく明らかにした内容として知られているという。 

叉、「山の憶い出」の中に「金峰山」のことを・・、
金峰山は実に立派な山だ。独り秩父山脈の中に断然頭角を抜いているばかりでなく、日本の山の中でも第二流を下る山ではない、・・金峰山はどこへ放り出しても百貫の貫禄を具えた山の中の山である』と紹介している。

著作に「山の憶い出」(上下巻)、「望岳都東京」、「登山の今昔」ほか   



叉、『田部重治』(1884年~1972年)は、大学(東京大学)在学中に木暮理太郎と知り、山への関心を深める。
北アルプス、奥秩父など多くの山々を登り登山家として活動、特に毛勝岳(北アルプス)の初登頂や秩父における足跡は貴重だとされる。 
渓谷という日本独特の山岳美を最初に提唱したと言われ、その後の日本の登山の在り方に大きな影響を与えた。 

著作の「笛吹川を遡る」の一節に・・、
汽車で甲府平を通る人は、誰でも笛吹川の荒涼たる流れの姿を見て・・、』とその冒頭にある一節は国語教科書にも採択され多くの人々に親しまれた。 
この文章を記した顕彰碑が、山梨県三富村の西沢渓谷入り口に建てられている。


著作に「わが山旅五十年」、「日本アルプスと秩父巡礼」、「忘れえぬ山旅」、「新編・山と渓谷」など多数。
金峰山の西側山麓の金山平に、田部重治、木暮理太郎のレリーフが具えてある。

つづく・・、



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