2010-09-04(Sat)

穂高岳登山(19) 「吊尾根へ」

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 穂高岳登山(19) 「吊尾根へ」 
(画像は和田氏、その他の御提供による、現地イメージ写真です)


紀美子平を過ぎると間もなく巨大な山稜に突き当たる。  
×印を避けて、大きな字で“オクホタカ”と記したの方向へ進む。




オクホタカへの道案内:dh48



気がつくと女性は素手であった。 
この岩稜帯をしかも風雨に晒されて、かなり冷たく感じているのではなかろうか.・・?。 

「素手で大丈夫ですか・・?」

「ええ、何とか。 ザックの中にはあるのですがチョッと出すのが大変そうで、ハイ」

尤も、小生も付けてはいるが、既に濡れている状態で、こうなると余り変わらんか・・?。





吊尾根の道:dh46




急峻な吊尾根の道は、岩をヘツルように付いている:dh43




吊尾根の道、分岐点(上方に記してある):dh45




朽ちかけた分岐標識:dh47



大岩の、やや難渋な箇所から、ほぼ水平の岩道を辿ると「最低のコル・分岐」と古めかしい表示板があった。

最低のコル”は多分、吊尾根の最低鞍部と考えられるが、“分岐点”とは如何なる分岐なのか・・?、 と一瞬思ったが、
ここは前穂への直登するルート紀美子平、岳沢方面との分岐のことであった。


風雨は益々、強くなるばかりである。


この先、本格的な奥穂、前穂の吊尾根のコースとなるが、物の本によると ”吊尾根はほぼ水平のダラダラとし歩きやすい道程” とある。 

だが、先年このコースを奥穂からの逆のルートで、しかもその日は快晴無風、しかもほとんどが下り気味の道であったのを記憶している。 

それに、高度3000mの岩尾根稜線はやはり険しい・・!!。 

道は殆どが岳沢側に付いていて、小さな尾根や凹凸が幾つもあり、その都度、危険を冒して岩稜をトラバースようになる。 


叉、途中で何箇所か涸れ沢側ヘツル(険しい斜面を横切って進むこと,登山用語で言うとトラバースと同義)ようになり、この涸沢の大絶壁に恐怖を覚えたのを思い起こす。


この度はあの日とは正反対の悪条件が全て当てはまっている。 
心して行かねばならない。


ともあれ、油断無く、吊尾根ルートから奥穂へ急いだ。 
とは言っても実際、そんなに急げる訳ではないが・・?。

今回の登山に限って、“ 天はわれらを歓迎していないようだ・・! ”。


かの女性は相変わらず黙々と付いて来る。 
小生とは或る一定間隔をもって、付かず離れづの等間距離にて、危険な箇所も難なくクリアしながら。

この女性は・・、

“何処から来たのであろう・・?”、 

“如何なる素性か・・?” 

“名前は・・?” 

“登山歴は・・” などなど。

等々、日常的な会話をしてみたいものだが、何せこの環境、条件である。 

そして何より小生の口元が締まったままで、開かないのだ。 

やはり疲れているのだろう。 

女性自身も所謂、今現在は同じような状況で、沈気気味のようだ。

続く・・、


尚、写真掲載の大部は、「和田様」の御提供によるものです。
和田氏ホームページへ  
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2010-09-03(Fri)

穂高岳登山(18) 「同行者」

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 穂高岳登山(18) 「同行者」 
(画像の大部分は和田氏提供による、現地イメージ写真です)


前回もチョコット記したが北尾根は、その名の通り「前穂」より北側に派生している尾根で、涸沢カールから眺めると左側に階段状のピープが連なる特徴ある山様をしている。 

このルートは所謂一般の登山道ではなく、ロッククライマーのみが許されるエキスパートのコースである。
もし間違って入り込んだら、まして下りとして踏み込んだ場合、とんでもない事が待ち受けていること、請け合いである。

特に、前穂の頂上は霧に閉ざされると、前後方向が不覚不明に陥りやすいところのようで、危うく、その「魔の稜域」に入り込んでしまうところであった。

クワバラ、くわばら



苦笑しながら同行の女性の顔をコッソリ覗うと・・、

こんな人に付いていって、大丈夫かしら・・?”

と、不安と感謝とで複雑な様相のようである。


ともあれ、あまりはっきりしない道を歩き出した。
何にしても本日、長時間に及ぶ登り専門の歩きを始めて、初めての下りの歩行である。 


歩いているうちに見覚えのある岩塊や踏み跡、そしてペンキ印も見え出した。 
間違いなく先刻の道をくだっているようである。 

危なっかしい所も難なく過ぎて、間もなくして先ほどデポ(荷物を一時置いて置く)しておいた紀美子平に着いた。 

やれやれである。




迷いやすい前穂と紀美子平の岩稜の道:dh41





前穂ルートと紀美子平:dh34




山稜をトラバースしながら紀美子平から吊尾根へ:dh42





辺りは薄暗くさえ感じるようになった。 

間もなく 同行の彼女に・・、 

チョッと荷物を付けますので・・、」というと 

判っております」という。

主要ザックを一時置きしていたことは、既に承知していたようである。



再び、歩き出した。 

女性はやや後方より黙々と着いてくる。 
危険な場所に到ったときなど、お互い一言、二言、注意の確認などで言葉を交わす。


彼女は真っ赤な上下のレインウェアを着けていた。 
最近流行の西洋式の縦長ザックにも雨除けを付けて、しっかりと肩につけている。 
こちらも赤色であった。

まだ、未婚の若々しい娘さんといった感じの人だが、こと、山に関しては相当に親しんでいるようで、知識も深いとみた。

日本有数の、しかも、3000m峰へ単独で入れるのは並みの人ではあるまい。 

しかし、さすがにこの悪天候である。 いささか心細く、不安は隠しきれないようであった。 やはり女性である。 

小生に特に同意することなく、自然な成行きで仮の同行者になってしまったのである。


次回へ・・、


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2010-09-02(Thu)

穂高岳登山(17) 「前穂・北尾根」

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 穂高岳登山(17) 「前穂・北尾根」 
(画像は和田様、他の方の御提供による、現地イメージ写真です)





吊尾根から望む前穂と北尾根:dh39






涸沢越しに見る前穂と連なる北尾根:dh40





雨は風をともなって、更に激しくなっているようだ。

ある方角から、何やらカラカラと音がした。 
見ると濃霧の中から三人のパーティがこちらの方へやってくる。 
男子2人、女子1人のパーティであった。

肩にザイルを巻き、腰に数個のカラビナを付けている。
登攀グループであった。 

カラカラと音がしたのはガレ場を踏む音とカラビナの鳴る音だった。


「お疲れさんです。 北尾根ですか・・?」

「はい、濡れててしんどかったですよ・・!」


三人ともこの陽気で相当なアルバイトをしてきた筈であるが、いずれも笑顔で満足そうである。 
山は相当なベテランらしい。


前穂の北尾根は、準ロッククライムのルートで、アイザイレン(二人以上が相互安全確保のためにロープを結び合う行為。 危険を伴う箇所で岩壁、氷面、雪面等の登降では、安全を確保するために二人以上をロープで結ぶ)して安全を確保しながらの登攀であることは、ある程度承知していた。



ところで、先ほどの二人は男女のカップルパーティと思われたが、気が付いたら其々の単独行者であった。
男は既に出発していたらしく、残された女性が小生の方に向ってきて、

「すませんけど、奥穂はこちらで宜しいでしょうか・・?」、

未だうら若き人であったが、装備は既に山慣れした雰囲気がある。


女性にそう改めて問われると、霧に巻かれた山頂は方位が定かでない。 
それに、はっきりした道標が有るわけではなかった。 

確信があるわけではないが・・、(確信がなければ、行動は厳に慎まなければならない)

「多分、こちらでしょう。 私もそちらへ向いますので、宜しかったらどうぞ」
小生は歩き出した。 

休息中の三人に向って、
「お先に・・、」と声をかけると、

「どちら・・?、奥穂方面だったら、こちらですよ・・!」 とたしなめられた。 

更に、
「この霧の中、このままだと北尾根へ出ちゃう恐れがありますよ。 この天気だと下山ルートとしては困難かもね」 

元より北尾根なんかに向うつもりはないのである。

「あ、どうも。 実は我等は奥穂へ向うところです。 どうも、どうも」
恐縮しながら向きを変えた。

続く・・、


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2010-09-01(Wed)

穂高岳登山(16) 「前穂高岳頂上」

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 穂高岳登山(16) 「前穂高岳頂上」 
(画像は和田様、他の方の御提供による、現地イメージ写真です)



あわや、遭難か・・!、
という危ういところで、どうやら正規のルートに達っしたようだ・・!。 

変なところから現れた小生の姿を見て、歩行中の人が訝しがっていた。 
白く鮮明な○印がいやに懐かしい。


ホッと一息つきながら、何か相当なアルバイトをしたように感じた。

ザクザクの道を更に登る。 

息が切れる。 

またまた難所である。

今度は確かなルートであるが、一枚岩がかなりの勾配で横たわっている。 
足場のために多少凹みが工作してあるが、磨り減って危なっかしく、尚、濡れると滑りやすい。 

鎖が一本ほしいところでもある。


その後は危険なところも無く、ジグザグの急登を繰り返すうちに、どうやら山頂に達したようだ・・!!

時に1時45分

頂上に着いたとたんに大粒の雨がやってきた。



人に気配はたぶんカップルであろうか、男女二人のみであった。 

男性は先ほど難所で往生している時に声をかけてもらった人らしく、

「先ほどはどうも・・!」と軽く礼をいう。

「せっかくの頂上もこれじゃあね・・、」

「まったくですな」

ピークは薄暗いまでに黒い霧に閉ざされていた。 


頂上とはいってもだだっ広い感じで、周囲はどうなっているのか、本当のピークは何処なのか、見当が付かない。 

ガラガラした砕石のような岩石がゴロゴロしている。 
それでも中心と思しきところに岩が盛られて、木の標識が遠慮がちに立っていた。

『前穂高岳・3090m』





前穂頂上:dh36






前穂頂上から槍:dh37




前穂から吊尾根、奥穂:dh38





本来なら涸沢カールの谷底を抱いて奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳、そして槍ヶ岳方面の大パノラマが眼前に広がり、派生している北尾根の大迫力や特に、富士を除く第二の高峰でもある奥穂高岳の堂々たる姿が真正面に望める別天地の筈だ。 

しかし、今はガスが纏わりつき、何もかも想像するのみである。
 

次回へ・・、


尚、今後の写真掲載の大部は、「和田様」の御提供によるものです。
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2010-08-31(Tue)

穂高岳登山(15) 「迷路の前穂高岳」

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 穂高岳登山(15) 「迷路の前穂高岳」 
(画像は和田様ほかの御提供による、現地イメージ写真です)




悪天候には迷いやすい、紀美子平より前穂の登りルート(左の○印):dh33-2



紀美子平付近からの前穂と明神:dh33


吊尾根から前穂:dh35



さて、小生は前穂のピークに立とうか、それとも吊尾根から奥穂を目指そうか、思案しながら自分の体調に聞いてみた。 

体調、コンデションはまずまずようであり、時間的にも充分余裕が有りそうなので前穂へのアタック・決行をすることにした。 
それに以前、槍から奥穂への縦走、更に、吊尾根から岳沢へ下った折は、「前穂」は遠慮した経緯もあったので・・!。

ただ、現実は前穂の頂は無論、ガスに閉ざされて全く見えていない。 叉、地図を見てもここより(紀美子平)の所要時間が一体どのくらいかかるか記されてもいない。  

隣の人に尋ねてみた・・、

前穂はいかれましたか・・?」

「はい、ここへ荷物を置いて身軽にして往復1時間といったところでしょう」


丁重な返事にお礼陳べて、更に意を決した。 
それに、もしかしたら前穂の頂上へは二度と踏む機会が無いかもしれないのだ。



穂高連峰の一角を占める前穂高岳(3090m)へアタックを開始した。

ゴツゴツした岩だらけの登行は相変わらずで、真っ黒い岩塊が圧倒するようだ。
踏み跡や○、⇒を頼りに進むのであるが、時折、そこから外れてしまうときもある。 

そして悪いところ出てしまったようだ。 
完全に行き止まりで、ここから先は断崖になっている。 

困った・・!!。


上の方で人の声がしたので・・、

「すいません、チョッと悪場に来ちゃったみたいで、この先ルートは有りますか・・?」

「そうですね、戻ったほうがよろしいでしょう」

仕方なく、今来た道筋を確かめながら戻ることにした。 
惜しい気もするが安全のためであり納得する。

慎重に数10m戻ると、確かに踏み跡らしいのが現われて薄いペンキ印も見つかった。 
確かめると、身体一つ分の岩の狭い割れ目がルートようで、足場も何とか確保できそうであった。 


ホールドとスタンスを慎重にとりながら、ホンの7~8mの登攀で、しかも身軽な出で立ちであるが妙に疲れ、苦痛な程だ。 

更に、上部は壁のような岩が立ちはだかって、かなり難儀しそうである。 

小さな割れ目に指を突っ込み、叉、岩の凹みや裂け目を探して何とかスタンスを確保する。
危険極まりない、おまけに見通しがうえに小雨と急風が身体を打つ。



それにしても前穂のルートは此れほど難所なのであろうか・・?、
それに人気のある前穂にしては人の姿が見当たらない・・?。

妙な疑問を抱きながら、ヒョッとしたらこのルートも間違って・・?。 

無理するんじゃなかった”自問しながら、引き返すにも最早不可能の状態に陥っている。 

とにかく上へ向うしかなかった。 



前穂の頂上は直ぐそこに有ることは確かなのである。

更に、手元と足場を充分に確かめながら前進する。

最後の指力、腕力を使ってどうやら急峻な岩場を抜けたようである。 


続く・・、

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